親鸞聖人がお生まれになった場所、日野 法界寺
~日野家の菩提寺としての歴史~

【日野家の菩提寺として】

 法界寺は日野家の菩提寺です。藤原氏の北家にあたる藤原真夏がここ日野に領地を賜わり、ゆかりの土地となりました。弘仁13年(822)に比叡山延暦寺に戒壇の建立が認められ、その勅使として日野家宗(真夏の孫)が比叡山に登ってその旨を伝えると、当時の座主であった慈覚大師円仁が大変喜ばれて、返礼として伝教大師最澄が自ら彫られたという小像の薬師如来像などをもらって帰りお祀りしていました。その後、永承6年(1051)に日野資業が、その最澄自刻の薬師如来を胎内に収めた薬師如来を作り、薬師堂を建て日野家の菩提寺としたと伝わります。阿弥陀堂内には日野家の霊屋があり、歴代の位牌がおさめられています。

【親鸞聖人がお生まれになった場所】

 日野家といえば、鎌倉時代に浄土真宗を開かれた親鸞聖人がおられます。この法界寺を創った日野資業から4代後、承安3年(1173)に皇太后宮大進正五位 日野有範を父とし、吉光女を母として、ここ法界寺でご誕生になりました。9歳の時に青蓮院で得度されるまでこの地でお過ごしになり、初めてご縁を結ばれた仏様がこの法界寺の阿弥陀如来です。浄土真宗の方にとってもご縁の深いお寺として、多くの方がお参りされています。法界寺から少し東に行くと日野家墓所があり、親鸞聖人の父有範のお墓、母吉光女、伯父範綱、覚信尼等のご廟所となっています。

【日野家ゆかりの人々】

室町時代になると、日野家は足利家との関係を深めていきます。3代将軍足利義以降は日野家から正室や側室をとるという慣習があり、8代将軍足利義政の正室日野富子も日野家の一族です。日野富子はお世継が授かるようにと、法界寺の本尊薬師如来に願いお参りしたと伝わっています。阿弥陀堂には富子の兄、日野勝光の肖像画があります。
本願寺による有範忌
親鸞聖人も手を合わせておられた阿弥陀様の前で
日野勝光卿